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  1. 仙台市議会 1997-10-15
    介護支援制度等調査特別委員会 本文 1997-10-15


    取得元: 仙台市議会公式サイト
    最終取得日: 2021-07-24
    1:                 ※会議の概要 2: ◯委員長  ただいまから、介護支援制度等調査特別委員会を開会いたします。  本日は、皆様御承知のとおり、参考人先生方から御意見をお伺いすることとなっておりますので、御講演をしていただく都合上、この場から議事を進行させていただきますので、御了承願います。  本日の欠席委員は、菅野昭二委員熊谷善夫委員及び八島幸三委員から届け出がありましたので、御報告申し上げます。  本日の日程は、お手元に配付のプリントのとおりであります。まず、お二人の方から御意見をお伺いした後、当局から「要介護認定モデル事業について」の御説明をいただき、その後で「介護保険法案に対応した本市の福祉関連施策あり方について」の意見交換を行いたいと思いますので、これまでの調査を踏まえ、御忌憚のない御意見をお願いします。  説明員は、健康福祉局長ほか関係職員皆さんが出席されております。  それでは、折腹先生小松先生から御意見をお伺いしたいと思いますが、先生お一人当たりの講演を40分程度、皆様方からの質疑を20分程度と考えております。  まず、折腹実己子様から、「介護の現状と課題」をテーマに御講演をいただきます。折腹先生、お願い申し上げます。              〔参考人 折腹実己子着席〕 3: ◯委員長  それでは、若干御紹介申し上げます。  折腹実己子先生は、現在、特別養護老人ホーム暁星園園長をなさっておられますほか、仙台市宮城野入所判定委員会委員高齢者サービス調整委員会委員、宮城県老人ホームサービス評価委員会委員特養部会長、宮城県福祉人材センター調査研究部会委員等高齢者福祉に関する各種委員をなさっておられます。また、東北福祉大学兼任講師として社会福祉援助技術演習を御担当しておられます。  それでは、折腹先生、御講演をお願い申し上げます。 4: ◯折腹実己子参考人  ただいま御紹介をいただきました折腹実己子と申します。どうぞよろしくお願いいたします。  きょうは、このように介護の現場の方からの意見を求めていただきまして、お話をさせていただく機会を設けていただきましたことを、まず感謝申し上げたいと思います。簡単なレジュメを用意させていただきましたので、その順番に従ってお話をさせていただきたいと思います。  はじめにということで、最初に用意しましたものは、暁星園という私が勤めております特別養護老人ホーム関係資料を持参いたしましたので、まずその暁星園の紹介から特別養護老人ホームの様子をお知らせしていきたいというふうに考えております。  暁星園というのは仙台市宮城野区安養寺二丁目というところにありまして、建設が昭和51年2月1日、もう21年を過ぎた非常に古い施設です。仙台市内では鶴寿苑の次に古い施設でして、民間としては最も古い施設になります。そのような特別養護老人ホームで、毎日介護が必要なお年寄り皆さん方をお預かりして24時間介護を続けているという施設です。  この暁星園の中で私たちが目指していることをお知らせしたいと思います。事業計画書も同封させていただきましたので見ていただきたいと思うのですが、その中の7ページに、介護を中心とした職員のあり方というものを考えて、平成9年度の職員目標を掲げております。ことしはケアのV・S・O・Pということをテーマにいたしました。VSOPというのはお酒の名前なんですけれども、介護に当たる私たち職員に必要なものの頭文字をここに掲げております。  まず、Vはバイタリティー。介護というのは非常に体力も知力も精神力も大切な要素です。そのために、私たち職員の心がしぼんでいては入居されているお年寄りのために適切な介護ができないということで、とにかく奮い立たせようという意味合いでバイタリティーというのを持ってきております。  そして次はスペシャリティー。私たち職員の中で介護のための国家資格である介護福祉士の資格を取っている職員が多数おります。介護のための専門の資格ですので、こういった資格を取って職員として採用される者、あるいは3年の経験を生かして受験してこの介護福祉士というのを取って現場で仕事をしている者がおりますので、私たちは専門家であるという意識を持ってやりたいということでスペシャリティー。  それからオリジナリティー。介護というのはだれ一人同じ介護ではない、みんな違うんですね。お年寄り一人一人全部考え方も育ち方も違いますし、今持っている障害のあり方も皆違いますので、それに合った介護はオリジナルなものだというふうに考えて、Oはオリジナリティー
     そしてPというのはパーソナリティーです。お年寄り皆さんたちは長い人生経験をお持ちですし、その方一人一人大切な人格を持っております。そういったことを無視して施設の中でケアするということは職員の道を外れておりますし、一番大切にしなければならないところだと思います。  このようなV・S・O・Pというものを今年度の職員の年間目標に掲げて、毎日介護を続けております。  重点目標なども次に挙げておりますが、この中でとても大切にしているのは2番目にあるターミナルケアの充実ということです。特別養護老人ホームというのはお年寄りにとって最期の場なんですね。ホームで一生を終わるということです。80年も90年も長い人生の最後のひととき、長い人は10年を超える方もおりますが、本当に入所後数カ月で亡くなる方もおります。ですからその長い人生の最後の幕をどういうふうにおろすか、それが私たちに託されておりますので、その方にとってきちんと最期が終われるように。また家族にとっても、老人ホームに自分の親を入れるということは非常に葛藤があります。ですから、最期の瞬間を家族とともに、職員も医師も看護婦も皆そろって最後まできちんとケアするという体制で、家族の方の葛藤を幾らかでも軽減できればというような思いもあります。bのところにありますのはケアシフトというのをやっております。ホームの中で職員がたくさんおりますが、ずっとついているということはほとんど不可能なことです。職員が入れかわり立ちかわり、その死に向かっているお年寄りの介護を続けますが、何とかシフトを組んで、そばに必ずだれかがいて、傾眠状態のお年寄りがふっと目が覚めたときに、手を握っていてもらえるとか、だれかがそばにいて声をかけてあげるとか、スキンシップをしてくれるとか、そういう送り方をしたいと思ってケアシフト──職員たちが交代で、事務も調理もみんなして支えていくような体制をとって、ターミナルケアというのをきちんとやっていくというのを考えて、今展開中です。  簡単に暁星園の説明をいたしましたけれども、暁星園の方に入居されているお年寄りは現在56名なんですが、ほとんどが女性です。56名中42名が女性です。およそ7割くらいの方が女性ということで、どこの特別養護老人ホームでも同じように男性と女性の割合はそのようになっているかと思います。女性が多いということは、いろんな理由があると思いますが、長生きということもあるでしょうが、今まで入所されている家族の方々の様子を見ていると、入所されてきたその女性は自分の実の親二人、そしてだんなさんの親二人を介護してきて、そして自分の夫を見て、見送って、そして次は自分がもう体が動かないという状況になりますが、自分を見てくれる人がいない。ひとり暮らしだったり、家族の方々はそれぞれ成長されて独立して家庭を離れておりますので、自分を見てくれる人がいない。病院に長期入院をされていたり、老健施設リハビリをされていたりという経過を経て入所してきている方がほとんどです。女性が多いというのはそういう理由もあると思います。  老人ホームに入っているお年寄りの方々は、長い間寝たきりの状態を経て入ってきております。在宅介護の限界というふうに書きましたけれども、家庭で介護をされるということは非常に大変なことだと思います。まざまざとその現実を見せつけられることがあります。例えば、家庭の中のいじめとか、意識的にではない虐待とか、そういったことが入所されてくる家族の中に現実にあるのを感じます。介護を放棄しているという現実があると思います。  最近の新聞を見ますと、やはりそのようなことが実際事件として取り上げられております。これは仙台市ではないんですが、実際に、介護をしていた老人性痴呆症のお父さんの首を絞めて窒息死させたりとか、そのことで介護をしていた女性、これは娘が被告として取り扱われたりして、実刑判決を受けている報道がありました。非常にまじめに介護を続けてきて、あるとき痴呆症のその父親が「ばかやろう、ばかやろう」と連呼を繰り返したそうです。それに衝動的に首を絞めてしまったという報道がありました。一生懸命介護をしてきたからこそ、自分の父親が痴呆だということは理解していながらも衝動的に首を絞めてしまうその悲惨さ、追い詰められた状態、これはその方だけのその場だけの問題ではないというふうに感じます。入所されてきているお年寄りの家庭には、少なからずこういう現実というのがあります。一歩手前で何とかとどまっているということがあると思います。  また、あるときこんな新聞記事を見ました。住宅が全焼したそうです。焼け跡から74歳の女性の焼死体が見つかったそうです。その女性は徘回癖があったそうです。そのために二人暮らしをしていた娘は親に足かせをつけて、鎖をつけてつないでいたという実態があったそうです。昼休みに戻ってきてお昼を食べさせて、また仕事に出るという暮らしを続けていたそうです。民生委員の方は入院させたりあるいは施設の利用をいろいろ勧めたそうですが、これが一つかぎだと思うんですが、非常に親思いだったそうです。親思いの娘のかたくなな在宅介護サービスの拒みがこういった悲惨な現実を生み出してしまったという報道がありました。私は非常にショックだと感じます。足かせをつけるということは非常に人道的なことから外れておりますが、二人暮らしで勤めに出なきゃない、そういう娘にとってはもうやむを得ない選択だったのではないかなと思います。その娘を責められるかどうかと思うと、決して責められる方はいないんじゃないかなと思います。もっと心を開いてサービスを求めて適切な介護サービスを受けることができれば、こういった事件は確実に防止できると思いますが、そういう心になることができない家族の葛藤というのは必ずあると思います。  このような中で感じるのは、いつも女性が介護しているという現実があると思います。ただ、私のホーム奥さんが入っている方がありまして、だんなさんが非常にまじめに介護をしているというケースもあります。男性が自分の奥さんを介護したり自分の母親を介護したりする場合、非常に熱心でまじめで、記録をつけたり排せつの間隔をつけたり排せつ物の量とかにおいとか、まるで母親が子供を育てるように、男性が自分の奥さんとか母親の介護をまじめに熱心にやるというケースがありました。ショートステイを利用したりしてるんですが、余りに細かな指示が出て、職員の方は「これでは介護を受けている奥さんが息が詰まってしまうんじゃないかな」と、そういう現実も見ました。これは男性が介護するというと、それが仕事になってしまっているんですね。女性男性の問題ではないと思いますが、8時間仕事をして間に1時間休んで、残業しても家に帰って一杯飲んでという男性の生活があると思いますが、介護が仕事になってしまうと、息がつけないと思うんですね。24時間とにかく四六時中の介護ですので、8時間だけ介護をして解放されるというものではないので、非常にその辺は息が詰まってどうしようもなくて、くたくたになってショートステイを利用するというケースにつながっていって……。この方もショートステイということを知らなければ、もしかして奥さんとともに心中したりという、そういう事件はないにこしたことはありませんが、そういうことも潜んでいるのではないかなと思います。  男性女性ということではありませんが、とにかく在宅介護というのはもう限界に来ているというのが事実だと思います。  社会的に介護保険制度に対して非常に大きな期待があります。7割以上、8割近くの方たちがこの制度に賛成をして導入を待っているという報道を見ますと、本当に期待をしているのだと感じます。私自身も介護をする側からして、こういった社会的に支えていただく制度があるということは非常にありがたいと思いますし、きちんとしたサービスが系統的に提供されるシステムがもしあるならば、いろいろな悲劇は少なくなると思いますし、早く導入されたらというふうに望んでいます。いろいろな問題点があって、私たちの特別養護老人ホームでは措置費というものが保険にかわるということで運営上のさまざまな不安はありますが、それでも介護を受ける者、介護をする者にとっては非常に期待される制度だというふうに思います。問題はあると思いますし不安もありますが、まず導入してきちんとした対策を講じていただいて、定着していくようにと思います。  現場の方での介護サービスの改善の取り組みというのは、毎日続けられております。介護というのは、三大介護というのがあるんですね。福祉の「ふ」はおふろだというふうに言われていますし、「く」は食べる、食らうというくに例えることができると言われていますし、「し」は変な話ですがおしっこ、排せつ。福祉はその三大介護──入浴、食事、排せつだというふうに言われています。家庭の中でこの三つの介護がきちんとできれば、私は家庭の中で生活されるというのが一番だと思いますし、制度的にこれがきちんと支えられるヘルパーさんなり訪問看護ステーションなり、そういった介護が具体的に提供されるものができれば、介護を受ける側の機運を得るというのは必ず高まると思います。この三つができないから、家庭の中でさまざまな問題が起きているというふうに思います。  細かなことを申し上げますと、おふろというのは精神的にも身体的にも非常にリラックスするものですし、体が硬直しているお年寄りにとっては非常に大切なものだと思います。家庭ではこれができません。おふろへ行く移動に対しても非常に問題がありますし、住宅改造などで段差をなくしながら、そういった介護ができるような方向へぜひともしていただきたいと思います。  また、食事も家庭で三食食べているお年寄りが果たして何人いらっしゃるか。朝昼一緒とか朝は抜いてお昼と夕方とか、家族がいてもそのような食事形態というふうに聞いています。ですから暁星園の方ではお昼だけお弁当を近くのお年寄りの家庭にお配りして、そのお弁当を待っていただいて、安否確認も含めたサービスをさせていただいておりますが、食事がきちんとできないということは、その方の生命を断ち切るものだと思いますので、この食事も何とか家庭の中できちんとできるような体制というのが必要だと思います。特にお一人で暮らしている方たちは、もう栄養などは全然無視した、自分の嗜好のもとに、お昼から晩酌をされている男性のひとり暮らしなんかは結構あるようで、そういう食事のケアがきちんとできる体制をまずつくっていただくというのが必要だと思います。  それから、食べたり飲んだりしましたら今度は排せつです。排せつが一番介護の中では大変な介護です。臭いですし、非常にきついケアがそこにあります。排せつをただ黙々とやるお嫁さんがいたら、私は拍手を送りたいと思います。臭い、汚い、嫌だというのが現実だと思います。それを社会的なサービスとしてどういうふうに位置づけていくかというのは大きな問題、大きな課題だと思います。その排せつのケアもきちんとできるような体制が望まれると思います。  もしこの三つがきちんとできるようであれば、介護保険は万々歳だと思います。いろいろな費用的なことや制度的なことがあると思いますが、受ける方にとってはこの辺が一番求められているものではないかなと思います。  それから思いますのは、寝たきりになったらもちろん介護が必要ですが、寝たきりにならない工夫というのをやっぱり推し進めないと。幾ら介護が充実していても、自分の体が動かなくなったらやはり人間は非常に苦痛ですし、生きている意味を感じることはできなくなると思いますので、とにかく寝たきりということを予防する方策が必要だと思います。ここに「寝たきりゼロへの10か条」という仙台市の介護研修センターで出している冊子がありますが、この中にどうやったら寝たきりを防止することができるかということが詳しく書いてあります。  「脳卒中骨折予防 寝たきりゼロへの第一歩」これが第1条。  第2条は「寝たきりは 寝かせきりから 作られる 過度の安静 逆効果」。脳卒中があって3日間そのままにしていたら、もう体が硬直して動かなくなるという現実がありますので、脳血管性の麻痺があってもすぐにリハビリが必要になってまいります。  第3条は「リハビリは 早期開始が 効果的 始めよう ベッドの上から訓練を」。  第4条は「くらしの中での リハビリは 食事と排泄、着替えから」。着がえもとても大切なことだと思います。老人ホームの中で離床しているお年寄り全員の着がえというのは非常に大変な作業です。後ろ前に着るとかというのは当たり前で、裏返しも当然で、下の物を上にかぶったりして、非常に着がえというのは大変な作業です。これが家庭で寝巻きからふだん着に着がえられたりしたら、すごくお年寄りの表情は生き生きしてくると思います。  それから第5条は「朝おきて まずは着替えて 身だしなみ 寝・食分けて 生活にメリとハリ」。寝食分離。寝る場所と食事をする場所は当然別ですし、寝る場所と排せつをする場所が一緒になっていたりということがよくありますので、この辺に生活のめりと張りがつけられれば大変効果的だと思います。  第6条「「手は出しすぎず 目は離さず」が介護の基本 自立の気持ちを大切に」。介護のポイントとして私たちがよく言いますのは「やいゆえよ」というのがあるんですね。「や」は優しく。「い」はいたわりを持って。「ゆ」はゆとりを持って、職員はなかなかゆとりがなくて、必死でばたばた走り回ってますが、ゆとりが持てたらいいなというふうに思います。あと「え」は笑顔で。笑顔で介護ができたら受ける人はさぞかしいいだろうなと思います。笑顔ができないんですね。先ほどの悲惨な事件を見ますと、決してそこには笑顔がないと思いますし、笑顔でゆとりを持って介護ができるような環境づくりというのは非常に必要だと思います。「よ」は喜んでです。喜んで、なかなかそれは難しいなと思います。  それから第7条は「ベッドから 移ろう移そう 車椅子 行動広げる 福祉用具の活用」。福祉用具の貸し出しがありますが、それを知っている人はほとんどいないのが現状です。ですからショートステイなどを利用される方々に説明をしますが、その場を離れると家族の方はなかなかこういったサービスをみずから求めていくということは非常におっくうで、利用がされてないのが現実です。  第8条は「手すりつけ 段差をなくし 住みやすく アイデア生かした 住まいの改善」。これは高齢社会をきちんとやっていくためには、住まいの改善、住宅改造というのは必至のことだと思います。この辺の補助制度がやはり充実していかないと無理だと思います。特にこれからは核家族化の時代──今現在そうですので、高齢者高齢者を介護するという現実があります。そういう場合、もう絶対共倒れになってしまいます。何とか自立できる環境をつくっていただくというのが必要だと思います。  第9条は「家庭でも社会でも よろこび見つけ みんなで防ごう 閉じ込もり」。これは障害を持っているお年寄りもどんどん外へ出られるようなまちづくりも必要だと思いますし、受け入れる施設も必要だと思います。デイサービスセンターデイケアがそういったことになると思いますが、反省として思うんですが、デイサービスセンターはお年寄りのための幼稚園のような、送り迎え、中では風船バレーとか、そういうのが最近のデイサービスセンターの様子ですので、その辺は施設側でよくプログラムを考えて、もっとアクティビティーな施策をきちんと具体的にお年寄りに提供していく必要があるというふうに考えます。  第10条は「進んで利用 機能訓練 デイサービス 寝たきりなくす 人の和 地域の輪」。先ほども申し上げましたように、デイサービスを利用しながら人の輪をつくって広げていく、決して幼稚園のお集まりのような会にならない、もっとレベルの高いリハビリやケアを提供できるデイサービスセンターなりデイケアが必要だと思います。  こういう10カ条があります。こういったものをもっともっとやはり予防に役立てていただく、これを浸透させていく何か機会を、高齢者というのではなくて、もっと若い世代に説明していく機会をふやしていただけたらいいのではないかと考えます。  それから、もし家庭で介護が必要になって、それから適切な介護ができない、それが現実になっていると思いますが、そのとき選ぶ方法として、やはり施設をきちんと評価して、介護を提供する専門の機能として家族の方に御理解いただきたいというふうに考えます。まだまだ偏見があります。老人ホームはうば捨て山だというような、養老院だとかという、そういう認識を持っている方もたくさんおります。でも、今の特別養護老人ホームは決してそういう場ではありません。たくさん実習生やヘルパーさんの体験学習などを受け入れて、現実を見ていただいて認識を改めていただくような努力をしていますが、家庭で介護ができない現実、それを改善するためには一つの大きな有効な方策として施設を利用する、そういう決断というか勇気というか、そういう機会をバックアップするというか、そういうのをお願いしたいというふうに考えます。  例えばおふろでしたら特殊浴槽というか──毎日入れますし、夜でも入れる環境をつくっています。食事でしたら、老人給食というふうに言われますと非常に何か語弊がありますが、今では選べる食事、選択食というのをやっております。副食も幾つかの中から選んで食べていただく、そしてきちんと栄養士が栄養計算をして調理師が調理したものを食べていただいて、お年寄りの体にとって必要な栄養分を提供していく、またそれがきちんと摂取できない方にはそれなりの高カロリーの栄養食なども用意して健康を支えております。排せつの場合、ほとんどの方がおむつをつけて入ってきます。ですが、おむつというのは本当に自尊心を傷つける大きなものですし、プライバシーの確保というのもできなくなります。ましてや若い職員に自分の恥ずかしいところを見せてふいてもらうとか、そういった行為は非常に嫌だと思うんですね。ですからなるべく排せつは自立の方向へ向かう、そのためにポータブルトイレやあるいはトイレへの誘導、トイレ介助というのをやっておりますし、とにかく三大介護についてはどこの施設も特別養護老人ホームはおよそのノウハウを持って、適切な介護に努めているはずです。  また、私は先ほど御紹介にありましたように、宮城県のサービス評価委員として、きのうも小松先生と気仙沼の方の施設の評価事業にかかわってまいりましたが、特別養護老人ホーム老人保健施設サービス評価基準というのができております。これは全国社会福祉協議会の方で取りまとめたものですが、細かな基準がありまして、100ほどの項目がありまして、ABCDというランクづけがありまして、自分の施設のケアの状態がどういう状態であるか、そして例えばCの段階であればBに上げるためには何をクリアしなきゃないかというのが具体的に書いてありますので、これにきちんと取りかかっている特別養護老人ホームが県内たくさんあります。仙台市内でももちろんです。うちのホームでも受けました。  こういったものを活用しながら施設のサービス改善に努めておりますので、決してお年寄りたちが入って後悔するような、「あの施設に入らなきゃよかった」「こんなところに来るんじゃなかった」なんて思わせるようなケアはしていないつもりです。ですから、そういった努力、職員の意気込み、熱意というのをやっぱり社会的にもよく理解していただいて、介護は病院よりは特養でという方向へ、ぜひとも社会的な認識が変わればいいなというふうに思っています。  介護の課題というところで、先ほどの寝たきりゼロへの10か条のほかにぜひともお願いしたいことは、人づくりをお願いしたいと思います。  介護の現場を支える人のこと、それも非常に大切ですが、この市民層で非常にボランティア熱が高くて、うちの方にも年間1,400人以上の人たちがかかわってくださっておりますが、そういった組織的なボランティアの方たちに、もし身内で介護になった方たちがいたらどうすればいいか、どういう心構えでやっていったらいいか、疲れたら息抜きをどうしたらいいかとか、そういう細かなノウハウまでお伝えいただいて、介護を支えていく人づくりをやっていく必要があるのではないかなと思います。そのためには、伝える方々がまず現場に来て、介護の実態を体験してみてほしいというふうに思います。  そして人づくりのもう一つは、これからケアマネジメントというのが非常に大切になってまいりますので、このケアをコーディネートするケアマネジャーというものの養成をやっぱり……。これは県の事業ということになっているようですが、こういうケアをきちんと調整していく役割を担える人というのは、普通の一般の介護職より非常にレベルが高い必要があると思いますので、このコーディネーター的な役割をするケアマネージャーというのをよく支えていただいて、育てていただきたいというふうに思います。そうすることによって、介護の基盤というのはだんだん充実してくるのではないかなと思います。  仙台市の方で──私も仙台市民なんですが──用意されているさまざまな計画の中に在宅サービスメニューがありますが、種類は私はこれでいいと思うんです。ただ中身の充実がまだまだだと思います。ですから、まず人の問題。お金の問題もあると思いますが、種類をそうふやすことはないと思います。中身の充実、利用される側の立場に立ったさまざまなアドバイスなどをしていただけたらいいのではないかなと思います。  そして、お年寄りが一番不安に思っていますのは、最期の亡くなり方をどこでするかということです。ターミナルをどこで迎えるか、それをコーディネートというと非常に語弊がありますが、サポートする体制、それがお年寄りにとっては一番支えになるのではないかなというふうに思います。ですから、病院にターミナルが今移っていますが、果たしてそれでいいかどうか。もっともっと福祉の方で、介護は福祉だと思いますので、もっともっと医療と福祉が接近して、特にターミナルのところは今のスパゲッティ症候群から解放されるような方向へ導いていただけたらというふうに思います。  それから本当に最後になりますが、これはとても言いにくいことなんですが、私なりに本当に個人的なことで申しわけないのですが、仙台市の特別養護老人ホームとして鶴寿苑があります。私の勤めている暁星園のすぐ隣にありますが、私はここの施設がもっと努力して、在宅サービスメニューをどんどんやっていただきたいというふうに思います。仙台市の施設としてリーダー的な存在であれば助かるんですが、今は逆です。サービス評価事業に名前が挙がったんです。前の館長さんは希望していたと思うんですね。ところがことし順番が回ってきて、さあ鶴寿苑だというときに、お断りになったんです。私は原因は、鶴寿苑の実態がどうかというのを実際に見聞きすることができませんでしたのでよくわかりませんが、何かそこに大きな問題があるのではないかと思います。ですからもっと仙台市のサービスメニューをこなせるような施設の改善、人的なものとかもたくさんある思いますが、その辺をまず優先順位をつけていただいて取り組んでいただいて、模範を示していただいたら助かるなと思います。  変なことを申し上げて済みませんでした。そういう思いを持っておりましたので、こんなお話をさせていただきました。  以上です。ありがとうございました。 5: ◯委員長  どうもありがとうごさいました。  それでは、短時間でございますけれども、委員の皆様方から御質問等あればお願いいたします。 6: ◯田中芳久委員  ターミナルケアのお話を伺ったんですけれども、例えば今ホスピスというのがこの何年間か話題になってますよね。そのホスピスとターミナルケアの差異というのは存在するんですか。 7: ◯折腹実己子参考人  今、例えば仙台市内ですとスペルマン病院にホスピスがつくられるようですけれども、ホスピスは末期のがん患者のためのものという発想でずっと来られたと思うんですね、その枠も非常に狭いですし。  お年寄りのターミナルというのは医療的な処置ももちろん必要ですが、濃厚な処置は余りないと思うんです。必要な方にはもちろん必要なことはしなきゃないと思いますし、医師もかかわっておりますのでもちろんそういった処置はありますが、もっと大切なことはほかにあると思うんですね。  ホスピスとの違いは、やはり高齢者というのは精神的な──ホスピスもそうだと思うんですが、痛みの軽減などが主流のホスピスとは、よく言えませんがちょっと違うと思います。私はそんなふうな考え方を持っておりますが……。 8: ◯大槻正俊委員  先ほど先生がおっしゃられた中で、人づくりということは私も非常に大事だと思うんですが、その中でケアマネジャーの育成ですね。今福祉の現場を見ていて、単にある程度年齢がいけば経験が得られていろんな施設の中心になれるというふうな段階だけじゃなくて、もっと行政的なというか施設の連携というか、そういう中でどうやったら意識的に育つか、方法として何かお考えがあれば、ちょっと御見解をお聞きしたいなと思うんですが。 9: ◯折腹実己子参考人  施設の今の職員で、例えば社会福祉士とか介護福祉士の資格がある方はケアマネジャーの受験資格があるんですね。あと、介護の現場で5年以上の経験があればケアマネジャーになれる資格を持っているというような内容での説明をもらっております。職員の方へ、ぜひともこれは必要な、例えば施設運営にしてもとても大事なものだから挑戦してほしいというお願いをしているんです。ところが職員たちは非常にしり込みをしているのが現状です。必要性はよく理解してくれていると思うんですが……。  それで、今盛んに養成されている社会福祉士の資格を持っている人たちが全国的に1万人ぐらいということになりますが、この方たちが一番、介護の現場もわかるし社会福祉のリーダーになれる人材たちではないかなというふうに私は思うんですね。それでその方たちが施設にとどまらないのが現状で、ほとんど公務員だったり介護の現場でなくて資格だけ持っているという状態があるので、もっともっとこういった人材を掘り起こして、施設に結びつけるということだけではなくても、例えば福祉事務所というか老人保健センターとか、そういったところで活動ができる場をふやしていただいて、そういうことと具体的に結び合わせて制度化していただけたら助かるかなという思いを持っています。  非常に難しい試験で、毎年そんなにたくさんの方の合格はないんですが、もうその資格制度ができて10年過ぎましたので、養成のための学校など、養成についてのものは充実していると思いますので、質的にも非常にレベルアップしていると思いますので、そういった人材をもっと現場につなげる工夫をする必要があると思っております。 10: ◯山脇武治委員  二つ教えていただきたいんですが。  一つは年間1,400人以上のボランティアの方がいろいろ御協力しているということなんですけれども、これは具体的にはどういう部分に、それからどういう形で協力──例えば全くの個人がひょっこり行って何か手伝わせてくださいというわけにはいかないと思いますので、どういうような形でこれだけ大勢の方がかかわっているのか、その辺をもう少しわかりやすく教えていただければ。  もう一つは、最後の方で言われたお話にかかわるんですが、この施設がもっと在宅の部分でやっぱり発揮してほしいと思っているというようなお話があったんですが、在宅の部分という場合には具体的にはどういう仕事というふうに理解したらいいか。  その二つ、ちょっと教えていただきたいと思います。 11: ◯折腹実己子参考人  まず、ボランティアの方ですが、暁星園は建設して21年を過ぎておりますので、建設当初から続いているボランティアグループもあるんですね。非常にボランティアさんも高齢化しているんですが、そういうふうになるとボランティアしていただく内容も随分変わって、前はお掃除をやっていてくれたのが、だんだん腰が痛いからできないとか、重い物が持てないからとかとおっしゃるので、お年寄りと一緒に座って折り紙をしていただいたり書道をしていただいたりとか、そういう余り活動的でない、どちらかといえば趣味・娯楽という方向へ結びつけたりというようなことをやっています。  ボランティアをされる希望は非常に多くて、基本的にはそういう申し出があったときにはすべて受け入れるようにしています。そして、受け入れるためのオリエンテーションというのを必ず行います。それで、お年寄りの守秘義務というか、いろいろな生活上の情報を外へ漏らさないということをお願いしますし、それから外からの変な情報を持ってこないでということもお願いします。例えば「あそこのだれそれさん亡くなったんだわ」というと、お年寄りは非常にショックを受けます。いずれわかることですが、そういうときには家族の方からきちんと説明してもらうという体制をとってますので、そういう説明をします。それから、お年寄りにとっては非常に触れてほしくないところがありますので、一人一人およその名前を挙げて、お年寄りに対して接するような方に、個人ボランティアの方なんかには注意を促してお願いしてから受け入れるようにしています。そして、ボランティアのグループや個人ボランティアが多いですので、重ならないような日程の工夫というのもいたします。第何何曜日はこのグループとか。個人ボランティアは週に3回とか来る方もありますので、そういった方々は介護の現場の方に一緒に入ってもらって、お年寄りとも顔なじみになりますので、非常にいい活動をしてくださっております。  基本的にはそんなことをしながらボランティアさんを受け入れておりますので、数がふえております。それから年に1回ボランティアさんたちの横の連絡という意味でボランティア交流会というのをやっております。青年会館の3階のホールをお借りしまして、そこでちょっとした座談会的なことをやったり、長い間ボランティア活動を続けてくださっている団体とか個人に対して感謝状を贈ったりとか、あとミニ介護教室的なことをやりまして、排せつとか食事とか、施設が持っている介護の機能をボランティアさんの方に少しでも理解してもらおうということで、食事の場合は簡単な試食を用意したりして、よく理解していただくように、そういった機会を設けております。介護機器の展示なども行って、こういったいいものがありますよという紹介もしています。そういう交流会を年1回持ちながら、ボランティアさんの意見も吸い上げながら続けております。  それから2番目の御質問の、施設が在宅に対してどのような展開をしていけるかということですが、施設の社会化というのが叫ばれてしばらくになります。施設の方も在宅サービスを無視した運営というのはできないという認識はあります。どこの施設でもそうだと思います。ですから在宅のために何かをしたい、しなきゃないということは皆さん共通の認識ですので、具体的なサービスメニューにつながっているはずだと思います。うちの今の現状では、法人の方で新しい施設づくりを燕沢の方に準備をさせていただいておりますので、そこで在宅福祉の機能を十分発揮できるようなデイ・サービスセンターとか在宅介護支援センターとかを併設しながら、その地域で地域福祉の拠点になれればというふうに考えております。さらに、地域交流スペースというものを設けていただけるようになりましたので、そのスペースを利用しながら地域の方たちに施設にどんどんおいでいただいて、具体的な施設の理解とともにボランティアとかそういう人材の発掘にも役立てていきたいと思います。小学校のすぐ隣ですので、子供たちを呼び込んだりPTAを呼び込んだりなんていうことも、将来的にはしていきたいというふうに考えています。  そしてもう一つだけ。欲張った考えですが、暁星園で行っている在宅配食サービス、これをぜひとも新しいところでやれればいいなというふうに思います。今仙台市内特別養護老人ホームや養護老人ホーム、たくさんあるんですが、余りこのことに積極的ではありませんので、施設の給食のメニューというのは非常に充実してますので、地域の方々で希望する方があれば、提供できるシステムができ上がればいいなというふうに思います。うちの方は特に鶴ヶ谷に近いですので、ひとり暮らしの方が非常に多いと聞いていますので、そちらの方へ展開できればいいなというふうに、今の段階では考えております。 12: ◯斎藤建雄委員  私がやはり気になったのは、最後の鶴寿苑のことです。これは当局もおりますので、折腹園長さんは大変勇気を持って発言をなされたと思いまして、本当に感謝を申し上げたいと、私はそのことを言いたかったんです。中身がどうのこうのよりも、なかなか言えることではないですよ、これは。本当にありがとうございます。鶴寿苑あり方についてはいろいろ議会でも問題になってますし、それはいろいろありますけれども、確かにおっしゃるように……。折腹園長さんがおっしゃりたいのは、仙台の特養のリーダーとしてきちんとやってほしいということだと思うんですけれども、これはやっぱりやり方、方法を、主体が行政ですから、はっきり申し上げて多分そこがまずいんじゃないかなというふうに思いますので、大変言いにくいことを述べていただきましてありがとうございました。  そのことだけ申し上げたいと思います。 13: ◯委員長  ほかにありませんか。              〔「なし」と呼ぶ者あり〕 14: ◯委員長  それでは、おおむね予定の時間を過ぎましたので、以上で折腹先生の御講演と並びに質疑応答を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。              〔参考人 折腹実己子退席〕 15: ◯委員長  それでは、引き続きまして、小松洋吉様「介護保険制度と地方自治体における課題」をテーマに御講演をいただきます。小松先生よろしくお願い申し上げます。              〔参考人 小松洋吉着席〕 16: ◯委員長  小松先生は、現在、東北福祉大学および大学院の教授並びに就職部長もなさっております。大学での担当科目は「福祉と経済」、「福祉システム論」など。大学院では「社会福祉調査法特論」の講義を担当しておりまして、主として少子・高齢化社会の諸問題について調査・研究をなさっておられます。  それでは、どうぞお座りになっていただいて、御講演をお願い申し上げます。 17: ◯小松洋吉参考人  失礼します。  こうした会議へ参加できますことも証人喚問でない限り一生に一度かなと思いまして、好奇心旺盛でやってきました。ひとつよろしくお願い申し上げます。  皆様は午前中は実地視察、また午後から一日中ということで、大変なのではないかなと思いますが、与えられました課題が「介護保険制度と地方自治体における課題」ということで、実は私がだれかに聞かせていただきたいようなタイトルでございます。皆さんの御期待に沿うようなお話はできないかと思いますが、泥臭い話を若干させていただきたいと思っております。  折腹先生のお話を伺いながら一つ感じましたことは、私の率直な感想ですが、グラハムという人が介護のことをレーバー・オブ・ラブと、日本語では愛の苦役と訳されているんですけれども、これは福祉の仕事に携わる人は能力だけじゃなくて意志とか心、両方持ってなきゃいけないという意味合いで、グラハムは使ったと思います。そのことを改めて思いました。  それからちょっと前になりますが、県民の福祉意識調査の集計を担当したときがあるんですが、これは県全体としての集計ですが、60歳以上の人でひとり暮らしになったときに老人ホームに入りたい人と聞きましたら、男は大体24%、4分の1ですね、女の方は3割ぐらいでありました。なぜ入りたいのかという理由は、これは家族に迷惑をかけたくないからということです。それから入りたくない人は両方とも30%強おるんですが、その入りたくない理由は家族と一緒にいたいからというのが圧倒的に高かったんですね。そんなことを感想ですが感じました。  ところで、私の時間は35分くらいだと思うんですが、福祉の改革も含めて、改革が今大きく進もうとしておりますし、進んでおりますし、改革ずくめなんですけれども、福祉も私はそういうふうに思うんですね。これは決してごまをするわけでも何でもありませんが、この二、三年に限って見ますと、仙台市の特に在宅福祉に向かっての整備というのは非常にスパートがかかっているように思うんです。先ほどメニューは云々という話もありましたけれども、中身の方も特にショートなんていうのは全国でも上位にランクされているぐらいになっているということですね。一市民としても大変感謝しております。その福祉改革が進むということを言いましたけれども、それは大きく三つになろうと思うんですね。一つは市町村が主体的にということ、平成に入るまでなかったわけですね。二つはやっぱりサービスの中心が在宅に向かったということですね。施設間の競争もさることながら、施設が在宅福祉と競争する時代はすぐそこまで来ているというふうに私は思っております。それから三つ目の措置から保険にということは、これは福祉のカルチャーというのが大きく変わるという、まさにこの3点、しかも最後の点が大きいだろうと思うんです。収入に応じた負担というのが現在ですね。これからはサービスの質に応じてということですから、これはまさしく改革というか大きな波が押し寄せてくるんだろうと思うんです。医療にもあるいは地方自治のあり方にも住民の福祉活動にも大きな影響が波のごとくやってくるというふうに私などは認識しております。そういうふうに来る福祉を私は現代福祉と呼んでおります。したがって、措置による福祉つまりは収入に応じて負担する福祉を、ちょっと大げさですが従前福祉とか従来福祉とかいうふうに私自身は呼んでおります。  そういう現代福祉をどういうふうに認識するかということ、これが僕は一番ポイントと思っております。要するにどう認識してどっちの方向に向かうのかということがはっきりしないと、認識の仕方がはっきりしないと、向かう方向も僕ははっきりしないんだろうというふうに思うからです。保険の話でお声がかかったんですが、私自身は2番の現代福祉をどんなふうに認識すべきなのか、したらいいのか、あるいはどんな視点で見たらいいのかということ、たくさんあるんですが、その中から6点、ちょっと先に話したいと思います。  まず私は第1点として、現代の福祉はもう、特定の人のための福祉はもちろんですが、それを超えて、だれでもが人生設計の中に必要なものだと。要するに特別な人を選んでやった福祉ですね、福祉六法の福祉がそうだと思います。これが選別主義の福祉といいましたならば、だれでも人生設計の中に必要であるという、それは普通のことといいますと、これは普遍主義の福祉というふうに表現していいのではないかと思います。しかもこの福祉というのは、かつて稼ぐことを文化にしていたときの重要な部門というのは経済なわけですね。それは成長の文化だろうと私は思うんです。発展の文化というのは私は大きい意味では福祉だろうというふうに考えます。つまりは福祉というのが社会経済の仕組みの中に附帯的な、付随的なものとしてとらえる、そういう時代は終わったのではないかなと。国家があなたのためにという時代は終わったのではないかなと。むしろ福祉の部門の充実がなければ社会の発展がないんだというふうに、私は現代の福祉を見るわけです。私は学生たちに時々話すんですが、今景気が悪いのは個人消費云々なんて言っているけれども本当は福祉なんだと。貯蓄をするのは老後に不安があるから貯蓄をするんだよと。現にデータを見るとこの割合がふえております。老後に不安があるから貯蓄をするというと、その分だけ消費に向かいません。向かわなくなるわけです。そうすると購買力が弱まるということですから、生産はしないわけですね。その結果失業ないしは成長が減速するというわけですね。だから福祉の部門の充実がないと、発展というのはないんだと、難しいんだというふうに私などは考えるわけですね。そういう視点で現代の福祉というのを見るべきではないのかなという個人的見解ですが、そんなふうに思っております。  それから二つ目は、経済社会の価値が変わろうとしているということを福祉も認識をして、現代の価値に合ったような格好で福祉を進める必要があるのではないかなと。私はそれを、表現はいろいろありますがいつも話すのは、大きなものから小さなものへというふうに一つは言っております。つまり大きなものというのは大都市、巨大設備、大企業、大量生産、大量消費、輸出力、成長力、成長率、こんなものが大きなものの価値だったと思いますね。小さなものというのは現代は一人一人に合わせて個性、独自性、主体性ですね、自分らしくというのはこれは小さなものの価値だと思うんですね。これを仮に福祉に、仮にですが、この現代の価値を当てはめて考えれば、小地域福祉活動とか、施設独自の工夫とか、大規模施設からグループホームへ、集団処遇から個別処遇へと言っていいでしょうか。そういうふうになるのではないかなというふうに思います。もう一つは、縦から横へというのは、中根千枝さんが「タテ社会の人間関係」を随分前に書かれましたけれども、国が決めたことを県が、県が決めたことを市町村がというのも、これからもあるでしょうけれども、むしろその逆の方が大きいのではないかなと思いますね。市町村がアイデア、これを大切にということですね。これを福祉に当てはめると、ボランティアを育てたらそれを横につないでネットワークしていきましょうというふうなものはこれは横社会、横の価値だろうと思うんですね。そんなふうにして価値が大きく変わるときに、その価値に合った方向で、つまりは変化に対応していかなければいけないのかなという感じがいたします。もちろんその中に意識改革が含まれるわけです。  さらには集中から分散へというのは、これは分権化ということで違いないわけですし、規制から自由へというのは規制緩和だろうと思うんですね。分権化、規制緩和が進みますと、これは自由度が高まるということ、その地域地域、地方地方に合ったことをみずからの権限でということですから、これは地域間の格差を追う方向にあると思うんですね。規制緩和というのは創意工夫だろうと思うんですが、創意工夫がないとやはり活性化しないと。だから規制緩和をして自由化しようということだろうと思うんです。分権化をして規制緩和に進むということは市町村の自由度が大きくなるということですから、それは各市町村の知恵とか工夫が生まれる、生かされるということなわけですね。ということは、やっぱり格差が生まれるわけですね。格差が生まれ過ぎるとどうしてもジレンマが……。あり過ぎると困るわけだから、その行き過ぎ、オーバーシュートと呼んでいるようですけれども、行き過ぎがあるとこれはまたガイドラインで規制すると、そういうふうにめぐるんだろうと思うんですね。だから、格差の時代にあるという視点で現代の福祉というものを認識したらいいのではないかなというふうに一つは思います。  それから四つ目に、これはだれも余り話さないんですが、私の表現ではSupply sideからDemand sideへという表現をしております。利用者本位主義ということに違いないんですけれども、福祉の文化というのは供給側に重きを置いた時間が非常に長かったのではないかと思います。つまりサービス供給側からの発想が今でも残っているし、わかっちゃいるけれども今でも残っているというのが現実じゃないかと思います。具体的に言うと、介護を必要な人にどのようにサービスを供給するかと、これはSupply side──供給側ですね。ものをつくって売る方なわけですね。Demand sideというのはそれを買う方、受ける方なわけですね。どう供給するかという段階も当然必要だと、大事だろうと思うんです。しかしそれに加えて、その段階もなければいけないんですが、もうそろそろそれを私は脱してもいいのではないかなと、つまりだれかのために、市民のためにというのに加えて、市民それぞれがみずから主体的にというふうになっていいのではないかなというふうに思うんですね。それから、施設の介護の状況等を見ていただいて、きょうはっきりしたのではないかと思うんですけれども、一人一人に合った処遇ということを非常に心がけているし、近年著しく変わってきたことは事実だろうと思うんです。しかしまだまだ介護する側の方に合わせているところもあることも現実ではないかなというふうに私は思います。ですから利用者本位主義という、これは大変大事な視点だというふうに私は思っておるんです。そんな意味で、Demand sideからの視点というふうに考えます。  それから五つ目は、福祉の季節はどう変わるかと言いましたけれども、これは私は集権化の段階、国がやったものは福祉国家の建設だろうと思うんですが、それから市町村がやるものというのは分権化の段階の福祉社会だろうと認識します。国がやるものも当然これからも必要ですが、これから市町村がやるものもたくさんふえていきます。それからやはり民営化というんですか、私もあなたも損をするという民間の参入、非営利組織体と言っていいと思うんですが、参入ですね。私は究極的にはサービスの供給主体は非営利組織体になるという持論を持っておるものですから。こんなふうに福祉の季節がめぐると。地域福祉というのが最終局面だというふうに一般の学説はそう言います。私はそうではなくて、福祉の季節はめぐるんだろうというふうにいつも認識しております。だから、国家がやるものに加えて、地域社会がやるもの、それから民間個々人がやるもの、こういうふうに多元化するのではないかなというふうに認識するわけです。そういう目で現代の福祉を見たらと。  それから文化的な側面からのアプローチというのは、ちょっと寂しいような気がするんですね。人がその地域に住みますと、必ず文化が生まれると思います。それは言いかえればそこに住んでいる人の知恵と言っていいのではないかなというふうに思うんですね。ですから福祉はまさしく暮らしの中の問題としてとらえると。その問題を解決していくのは住民の知恵だというふうに把握しますと、福祉は文化と深くかかわっているのではないかと思うわけです。日本は農耕文化、これは言うまでもなく御承知のとおり種をまいてふやす文化です。ヨーロッパの狩りの文化というのは、これは直接獲物を狩りをすると。直接的なんですね、とってすぐ食うと。これは冗談ですが、だから奥さんをとられる方は欧米ではあほうだと、日本の場合はそれは不倫だというふうな。これは文化なわけですね。だからそういう国々によって文化があるように、地域地域にも文化があるだろうと。仙台市だって青葉区のマンション街、駅前通りと、私が住んでいるような新興住宅地と、それからもう少し部落的色彩──いいのかな、こういう言葉遣いして──部落的色彩のあるところでは違うのではないかと思うんですね。だから、地域の文化として認識するということが大事なのではないかと思います。  いずれにしましても、私自身は基本的には成長というものから発展と、そのためには福祉、特に現代の福祉というのは発展のために重要な部門だというふうにとらえております。それが本当にいいのかどうかはいろんな御批判を受けたいところであります。そこでの問題というのは、いつも話しましたように、システムと人材とお金の話ですね。この三つが基本だろうと思うんです。これも持論ですけれども、介護保険が出たときに、反対の一番大きな理由は財源の問題であったと思います。財源の問題を財源の問題として解決していると、これは日本に何百兆という赤字がある現実を踏まえると、到底解決することができないと思うんですね。私自身はそれをばらばらに考えるのではなくて、三者を相互密着的に考えております。といいますのは、お金の問題はシステムの問題でもあり人の問題でもあると。仮に今これだけのことをやるのに仕組みとして10人かかると。しかしそれを5人とか7人でやる仕組みに組みかえれば、3人分の財政は吸収する、あるいは今10人でやっていたものを7人でやれるように技能を高めると。そういう人材が育ちますとこれは財源吸収。こんなものを私自身は福祉の財源効果と、こういうふうに呼んでおります。ですから、この三つの問題というのは離すことができない問題なのかと思います。  これは後でも時間があれば話したいと思うんですが、問題があることを問題とするのが一派なんですね。確かにそれも正しいと思います。それに加えてもう一つは問題があることをどういうふうに認識したらいいか、どうふうふうに受けとめるかということですね。介護の必要な人あるいは困っている家族がいることを、地域社会がどういうふうにそれを認識し受け入れるかということ、この方が僕は大きな問題じゃないかなというふうに思うんですね。必要なものがあるから届けなきゃいけないということも問題ですが、そういうことを地域社会がどういうふうに認識するかと、あることは当たり前なんだと認識するかということも私は大事なのではないかなと思っております。  そういう中で公的介護保険が来るわけですが、これはポイントのところは省略させていただきますが、利用者本位の選択権と言われますけれども、望ましい、大歓迎なわけですが、本当に利用者が選択できるのかというと、そうあってほしいのはやまやまなんですが、多少問題があるのではないかなと。  それからケアサービスの一元化ということですね。肉は肉屋さんから、魚は魚屋さんから、野菜は八百屋さんから買わなくてもスーパーに行けばパッケージされていて、自分で食いたいものはスーパーのところで全部買えますよというのが、保健・医療・福祉サービスのパッケージ化と呼ばれているわけですけれども、その方向に向かうのは確かですけれども、何年かかかるのではないかなという感じを私は持っております。  それからケアプランを作成して一人一人に応じたと言いますけれども、これはだれが作成するのかというと人なわけですね。人が作成するわけで、マニュアルがあるから大丈夫だと関係者は言いますけれども、マニュアルをどう認識していくのか、同じような状態にあるけれども違うケアプランというのが、これはひょっとしたらたくさん出てくるように私は思うんですね。ここら辺のところも、後で話しますが問題かなと。  あと、財源のことはそのとおりです。  公的介護保険の問題点は、これは言われ尽くしていることで、ワープロに向かいながらぱっぱっぱと打ちましたけれども、一つは現在の措置制度よりも下回ってはこれはお話にならないわけですね。要介護認定から申請して却下された人、これは不服を申し立てることができる仕組みになっておるんですけれども、現在の制度よりもサービスの水準が下回るということは、これは保険料を払ってですから許されることではないのではないかなというふうに思います。  それからサービスメニューはこれで十分かと書きましたけれども、私は詳しくは知らないものですから後でお教えいただきたいんですが、給食サービスはたしか入っていないし、保険に入れるべきかどうかは別として、保険では給食サービスはたしかないはずなんですね。それから緊急通報もないはずですね。在宅の診察もないはずだと思います。こういうもの──違ったらごめんなさい──もどうするのかですね。  それから市町村格差は足による投票と。仙台に来たい人もいるかもしれないけれども、柴田町の療養システムがいいから仙台から行こう。あるいは亘理町の暖かいところで魚を食いながら、あの在宅に向かっての情報システムがピカ一だと、行こうという人が出てくるかもしれません。こういうのを市町村格差──仙台市の場合は全く問題ないと思いますけれども、小さな町、村だとこれは非常に大きいと思うんですね。  それから低所得者の対策はどうするのか。すると言っているけれど具体的なものはまだ出てないのではないかなというふうに思います。  それから対象者の範囲ですね。これでいいのかというと、特に問題になるのは障害がある人のことです。これは新障害者プランでと、別建てでやるというふうに約束はしておるんですけれども、どうも不透明なところがあるような気がするんですけれどもね。  それから社会的入院の解消に、このシステムで本当に向かうのか。  それから新ゴールドプランで十分か。これは量的だけではなくて、質的にも大丈夫なのかと。  挙げれば切りがないわけですね。現金給付の話もありますし、いろいろ問題があるわけです。要はこの保険制度で、必要なときに、必要なところで、必要なサービスを必要な量だけ受けられるかどうかという問題だろうと思うんです。私個人は早くやれという主張者でありまして、問題点はあるけど早くやったらいいんじゃないかというふうにも思っております。  そこで、地方自治体の課題ということで、これは担当者の方がよくよく承知していて、私が申し上げるようなことでもないような気がするんですけれども、羅列だけさせていただきました。  保険給付対象外のサービスということで、さっき言ったものですね。要は保険が万能ではないのではないかということであります。現に、保険の対象にならないのは当然ですが、目の不自由な人はこれからもふえるわけですね。成人病なんかたくさんかかる人が出てきますから。そうすると、朗読をするなんてのはボランティアに今は頼ってというか力が大きいわけですけれども、耳の聞こえない人には手話なんか、これも多いんですけれども、ほとんど言葉遣いは不適切かもしれませんが、善意とかその人の人生観や好意に頼っているところが……。選択する、ノーマライゼーション社会なんて言うけれども、実は何んていうか、日本全体がほど遠いというのではないかなと。理念はそのとおりだと思うんですが、まだまだ自分が好きなときに好きなことをして、自分の意志を表明してそれを行使できると、雨の日にきょうこれから飲みに行きたいからといって──例えば私ならばタクシー呼んだりしてできるけれども、本当にそれが高齢者にもできるかというと、ちょっとこれはできないところがあるのではないかというふうに思ったりします。だから、そういうサービスを市町村として何か考えて、仙台市として行くのかどうかですね。  それからつなぎのサービス。これは持ち出しがひょっとしたら多くなるのではないかと思うんですが。申請から30日以内に認定をすることになっているわけですけれども、この30日というのは短ければ短いほどいいわけですけれども、それだけのシステムがあればいいわけです。だから、きょう私が申請したならば、あしたに委員会からの判断が来るかと言ったら、実際は無理なわけですね。そうすると、その間のつなぎのサービスはどうするのかと。ショートステイとかヘルパーさんの派遣とか、つなぎをどうするのかと。じゃあ20日後に来たとして、20日間はさかのぼってやるのか、もし認定されなかったらどうなるんだというふうな、つなぎ的なサービスの供給というのが非常に問題になるのではないかなというふうに思います。やり方によってはそんなに負担にならないし、やり方によっては多大な負担になるのではないかなという気を私自身は持っております。  それから在宅介護支援センター。これは私、正直言って仙台市の場合余り詳しくはわからないんですけれども、今何十カ所かあると思うんですけれども、これが本当に言われている権限を行使できるのかですね。調整したりサービスを支援する権限を行使できているのかというと、これは私、全体としてですけれども、まだできていないのではないかなと。本来の機能を果たしていないのではないかなという気を若干受けます。これは到底裏づけるデータはないのですが。これはどこが悪いというよりも、果たさないから行政が権限を握っているのか、あるいは握るから果たせないのかちょっとわかりませんが、そういう機能化ということが大きな課題ではないかと思います。  それから行政も施設も病院も家族も民生委員も、そういうふうな連携システム化、効率化を図っていくということですね。これはわかり切っていることですが、もっともっと進むと思うんですが、一つの課題ではないかと思います。
     あと、4)、5)、6)は人材的な話なんですが、やっぱりサービスの担い手、この質を上げることですね。研修のレベルアップとか訓練が本当に十分なのかです。これは全県的に見直されつつあると思うんですね。今のような研修体系で、新任研修なら新任研修だけ、管理者研修なら管理者研修だけのような格好で本当にいいのか、本当に担い手としてのレベルアップにつながるのか。もし違うとしたらどういうプログラムが必要なのかと。どういう方法でやるのかということは、非常に重要な問題ではないかと思うんですね。今のまま、例えば地域住民のすそ野を広げていくために、知識、技量をふやすために介護教室とか何かでたくさんやられてはいるわけです。その実態というのは確かにすそ野は広がってきたけれども、例えばボランティアでも調査してみれば主なものはおむつ畳みとか。もう少し私は運営とかにも参画をしていくべきではないかという気を受けています。言葉は悪いんですが、ずばり言っていいということでありまして、下請ではなかなかマンパワーは育たないのではないかと、対等な関係でなければというふうに私は思っております。いずれにしても、保険が云々ではなくて、マンパワーの確保とか質的向上というのは非常に大きな問題ではないかと思います。  それからケアマネジャーの件は折腹さんから出たことなんで省略したいと思うんですが、私は当面はひょっとしたら保健婦さんがリーダーシップをとっていくのかなという感じを持ちます。仙台市には百何十名かの保健婦さんがいるのではないかなと思っていますから、この人たちは大変だなと思いつつ期待もしておりますので。あわせてケアマネジャーの養成はされておりますけれども、社会福祉士あるいは介護福祉士では、ケアマネジャーはかなり養成しないとちょっと難しいのではないかと思うんですね。私どもも社会福祉士を養成している一つの大学でありますけれども、例えば私が話した現代福祉の知識なんていうのは社会福祉士の資格試験には全くありませんし、あるいはケースワークのもう少し突っ込んだアプローチなんていうのも不十分な気もしますし、それから介護福祉士については相談業務なんかの訓練を十分受けてるのかなと。これも2年間ですから、ちょっと即ケアマネジャーにというのははっきり言って難しいように思います。できますれば仙台市独自のものが全国に向かってあってもいいのではないかなという気さえ私はしております。  認定審査会も市でということですが、これは恐らく一本ではいかなくなると思います。区ごとになるのかもう少しなるのかわかりませんけれども、それをどう連携してシステム化していくのかということになると、かなり難しいと思うんです。全体的には恐らくですが当面は医者がリーダーシップを握っていくような気もするんですけれども、幾つか審査会ができたらどうするのかということですね。これもしっかりとしなければ、こっちとあっちと違うということになるのではないか、あるいは効率が悪くなるのではないかと思います。  それから7番目は、相当の事務量が発生するのではないかなという気を私個人は持ちます。これは担当者の方が詳しいと思うんですが。これをどうシステム化していくかということですね。システム化しないと機能しなくてとんでもないことになるのではないかと思うんです。私は福祉は経済社会のシステムの重要な部門だと、そこが動かないと社会は発展しないのではないかと申しました。ですから、福祉の充実、介護保険がなったときの事務的な対応というのは、これは議員の皆さんですから、私は市町村に行くといつも話しさせていただくんですけれども、福祉関係部門──健康福祉局には、お金もとは言いませんけれども、できる限り、100人いて仮に今その中で30人が健康福祉局に働いているとしましたら、人的な資源だけでももう少し傾斜配分があっていいのではないかなという気を私自身は受けております。仙台市は大きいですからそうでなくてもいいのかもしれませんが、かなりの事務量を、そのシステム化というのは新しい問題になるのではないかなという感じを受けます。  もう一つだけ話をさせていただきたいと思います。関連して福祉関連情報のシステム化。この福祉関連情報のシステム化は、全国的に非常におくれていると思うんですね。白石市が光ファイバーを利用して始めようとして委員会を一、二年前にやっておりますけれども。これは互いの情報を持っている病院は病院、行政は行政、施設は施設、保健所は保健所、民生委員民生委員。この情報のある一定のルールは当然あるでしょうけれども、システム化というのは僕は福祉部門は全体的におくれていると思うんですね。これも何とかできる範囲内で考えることができないのかなという気をしております。  あと、家族に対する福祉は言うまでもなく。保険と直接関係はないのですが。  それから10番目の。今度NPO法案が通りますと、今やっている福祉、仙台市の非営利組織的なグループがたくさんあります。これは対等な関係になるんだと思うんですね。そうしますとこれはだんだんと非営利組織体が力を持ってくるわけでありまして、サービスの供給には大変いいのではないかと思います。そういう非公式でもいいですが、グループをとりあえずたくさん育てると。底辺を固めていくと。それだけではだめなのでやはり横につないでいくということですね。つまり横につなぐというのは参加させるということですから、これも縦から横への価値に当てはまることだろうと思います。当然民間も参入してくるわけでありまして、ノンプロフィットオーガニゼーションの育成というのは、これも急ぐというよりも固めていっていいのではないかと思います。  それから11番目は、これも特に保険と関係ないんですけれど、この間ちょっと調査したところで、3町村調査したら、2万2000人のところで寝たきりの人が幾らいるかというと150人なんですね、一つのところは。これはどことは申し上げませんが宮城県内です。もう一つの1万3000人のところで寝たきりの人が幾らいるかとなったら120人いるんですね。7000人の規模で寝たきりの人は少ないかというと逆に300人いるんですね。要介護者を減らすということは、予防活動ないしは地域の保健活動が功を奏するかどうかというのが一つポイントなのではないかと思います。だから、同じ100万円を医療でかけるか福祉でかけるか保健でかけるかとしたときに、一人のよい人生を送るという立場からすると、私はやっぱり保健の方に、予防の方にかけた方がいいのではないかという気が、非常に素朴な発想ですがするわけです。地域の保健活動あるいは予防活動というのは十二分に力を入れていることを承知しておりますけれども、なお大事なことなのではないかなという気がしております。  それからこれは12番は社協活動。前、私は泉区の地域福祉計画策定で、年何回かの委員をさせていただいたときがありますが、これはいろんな方がおりまして、私にとって本当に大変得るものが大きかったです。私は大きなものから小さなものに価値と話しました。例えば定員が決まっているんですね。そういう段階も当然必要なわけでありまして、何も否定するわけではありませんが、規制緩和は行われ、創意工夫が重要だという時代、やっぱり事業量と言ったら何ですが、その地域の独自性というのは認めていいのではないかなという気が私はしております。ですから、社協活動の独自性あるいは住民福祉活動の独自性ができやすい環境づくりということになりますと、私は一つには直接支援というより後方支援の方が効果があるのではないかなというふうに思います。行政の後方支援ですね、環境を整えてやると。あとどうやるかはそちらだという方が、創意工夫が生まれるところがたくさんあるのではないかなというふうに思います。  それから、これは私が岩手のどこかで提言したことがあって、それがそのままにされて、何か頭をかいたときがあったんですが、折腹さんも私もサービス評価事業というのに携わっておるんです。これは施設の、お互いを学び合いながらレベルを上げていこうという会であります。決して評価して「おまえのところはA」だの「B」だのと決めつけるところではありません。そういう活動に携わっておるんですが、しかしこれもSupply sideなんですね。サービスを供給する側からのどうあるべきかという発想が現在のところ強いと私は思います。これをサービスの実際の受け手の人の方から見たときに、そのサービスでどうなのかと。もうちょっとこういうふうにしたらいいんじゃないかと。仮に括弧してサービス調整委員会と、岩手のある町でやっているのがありますので、そのサービス調整委員会というのものを利用者サイドでつくってみると。そうすると少しSupply sideからDemand sideにと変わってくるのかなという感じがいたします。  とてつもないようなことを話したとは思いますが、ほかにもたくさん考えられると思いますが、とりあえず早口で話しましたですけれども、終わりにさせていただきたいと思います。言い過ぎたところがあるかもしれません。お許しいただきたいと思います。どうもありがとうございました。 18: ◯委員長  それでは、小松先生に対する質疑を皆さんからお受けしたいと思います。 19: ◯田中芳久委員  一番最初の、現代福祉の視点のところで、幾つかちょっとおやっと思ったのが、「大きなものから小さなものへ」という変化が今時代の流れなんだという認識をされてらっしゃるんですけれども、その次に「集中から分散」という表現をしていますよね。この二つについて、私は今までいろいろ時代の変化を見てきて、大きなものから小さなものへというよりは、どちらかというとマスからマルチに変化しているんじゃないかなと、「マスからマルチ」という認識をしているんですね。ですから、大きなものから小さなものへと言っちゃうと、国から地方へという発想になっちゃいますけれども、そうではなくてマスからマルチと考えれば、国から宮城県だったり青森県だったりという、より多様化していく文化の流れというのが認識されると思うんですね。その辺がまず一つと。  それと分権化、規制緩和のところの「集中から分散」という表現をされてますけれども、私は全体としては確かに分散、拡散してると思うんですが、その分散した先の部分においてはもう1回集中しているんではないかという認識を持っているんですね。ですから、単純に分権化が進んでいくと、それぞれ地方自治体がみんな独立してそこに分散されてくるんだという発想ではなくて、中央集権から地方分権にはなるんですけれども、その地方において結局その小さな域内、イントラにおいてまた集中は行われるという可能性の方が今は示唆されているんじゃないかなという認識をしているんですが、いかがでしょうか。 20: ◯小松洋吉参考人  大変よくわかりました。マスからマルチにというのは、それはそのとおりのような気がします。私は大きなものから小さなものへと全部が変わっていくんだという意味で話したのではありません。全体的にはどういうカラーに色彩が移っていくのかというと、その大きな単位で考えたり、あるいは大都市、大企業、巨大設備、そういうものから個性、独自性、そういうものにウエートが移っていくだろうと。ただし大きなものがじゃあ全部なくていいのかということを話したのであります。  ですから、表現としてはマスからマルチへというのは、私の大きなものから小さなものへよりも適当なのかと思います。最後のところで私は多元化と表現しました。福祉の季節は変わっても、国家がナショナルミニマムとして行うことは当然残るわけです。しかしそれだけではなくて、ナショナルミニマムとしてとは最低生活水準ということですから、むしろぼけていることもぐあいが悪いことも、私もあしたあさってに可能性を持つわけですね。ですからそういう意味ではだれもの人生のために必要なものではないかと。だから国家がやるものに加えて地方がやるもの、自分自身がやるもの、そういうものが多元化していくんだということで、大きなものから小さなものへと、多元化の中で御理解いただければと思います。ただ、マスからマルチというのは、そのとおりの表現が大変適切なのかと思います。ありがとうございました。  それから分権化と規制緩和というのは、私はむしろ分権化と規制緩和はもっともっと進めるべきだ、自由度を高めていくべきだと。ただ、やたらに高めればいいというのではないわけでありまして、その分権化、規制緩和をしていく中で自由度が出るということは、これは市民の創意工夫が生かされるということに私は結びつくだろうと思っております。ただ、行き過ぎると、仙台市というよりも、小さな2,000人、3,000人しかいない町村と、これは非常に格差が……。もっとずばり言うと、やろうとするところとそうでないところと、現に地域間格差は起きていると思うんです。だから、分権化、規制緩和の流れでとらえるとそういう格差が広まってくる時代、福祉もそうなのではないかと認識すると、やっぱり市町村が独自の自分たちらしい施策を出していくべきではないかという気が私はしております。私は歌津町の健康まちづくり事業に携わったときに、歌津町らしいことをやれというのが厚生省の課長補佐さんのお話でした。私は地域の資源として遊休農地に目をつけました。遊休農地を地域の資源として、そして健康まちづくり事業をやれるというのは、そういう資源があるからなんですね。遊休農地はどちらかという仙台市には少ないと思います。だから地域地域に適したものという意味でお話させてもらいました。よろしくお願いします。 21: ◯大槻正俊委員  二つ。私の認識も不足しているかもしれませんが、そのことを前置きしながらお話ししますと、今度の介護保険制度で、私は別な角度で見れば、今健康保険、医療の制度がありますけれども、いろんな病院があっていろんなお医者さんがいる、で、患者さんが「いや、こっちの方がいい」、「あっちの方がいい」と動きますね。つまりそれだけ期待感がある。これを今度置きかえれば、施設によってもいろいろ差のある内容がある。で、どうしても、ここに行けと言われても「いや、こっちの方がいい」、「あっちの方がいい」というふうになってくる。逆に言うと施設も含めて、対応される人も含めて、どうせ自分もお金を出すのであれば選びたいという問題が出てくると思うんですが、このことについて先生なりのお考えがあれば、まず一つ教えていただきたいと。  あと、今度介護認定の審査会がありますが、膨大な量ですね。事務的対応もそうなんですが、仙台市に限ってだけでもかなりの方がこれに対応しなきゃならないと。そうすると逆に言うと、私はその認定審査会の前段にも、いろいろ幅広い知識を持ってその人たちを整理してあげる、つまり審査会に出すまででなくて、こんなことをもっとしたら改善されてすぐ審査会に出すほどでもないんでないかとか、そういう仕組みもまた必要なのかなというふうにも思うんですが。  その二つについて、先生のお考えを教えていただればと思います。 22: ◯小松洋吉参考人  二つ目の方の、前段階でできるだけのことをという教えをいただきました。それからできますと大変いいのではないかなという気を私は持ちます。その受け皿的なものをどういうふうにつくっていくのかと。これはできないことはないと思いますね。私は気づかなかったんですが、そのことに大賛成であります。  それから前者の医療制度の選択のことですけれども、この介護保険というのは、私が知る限りですけれども、現住所主義だろうと思うんですね。ですから例えば仙台市に現住所を置きますと九州ではサービスを受けることは難しいんだろうというふうには思うんです。そのところは問題点でもあると思うんです。健康保険の場合は全国どこでも受けることができるわけですね。そこで十分な選択というところの幅が狭まるというのは、これは制度的にそうなんだろうと思うんです。それからこの施設とこの施設、このサービスとこのサービスを自分が選びたいと、選択したいということ、今よりは私は幅が広がるのかなという気を持ちます。ただ、うたわれているように完全に自分が望んだものを得られるようにということは望ましいことだろうと思うんですが、スタートからできるのかなと思いますと、これは全くの新しい制度ですから、当初半年1年あるいはもうちょっとぐらいは大変なのかなという気を持ちます。それはしかしどの制度でもそうなのかなという感じを私は受けますけれども……。 23: ◯田中芳久委員  済みません、これは極めて個人的な体験で、実は私もいまだにどう解釈していいかわからないことがあるんですけれども、つまり高齢化社会が進んできまして、それでうちの父が実は73歳で死んでるんですね。末期的ながんだったんですけれども、病院に行くのをまず拒否してしまった。病院で死にたくない、自宅で死にたいと。で、痛いわけですよね。それでいろいろそういう薬をもらいながら自宅でずーっと生き続けていって、ある日兄から電話がかかってきて「おい、どうももうじき危ないよ」と。「ああ、じゃあそこまでいったんだね」という話をしたら「いや、そうじゃなくて、実はおやじがどうもみずから食を細めている」と。兄が父親に食べなきゃだめだよという話をしたときに「いや、おれはもう十分生きたからだ」という返事をされてしまったと。  一番最後、文化的側面からのアプローチというところで、その辺がちょっとひっかかったんですね。つまりそういう返事をされてしまったときに、兄も私も答えようがなかった。例えばそれは先ほど折腹先生がスパゲッティ症候群という表現をしましたけれども、今逆にそういう父を病院に送り込めば、まさしくスパゲッティのごとくチューブを埋め込まれて無理やり生かされてしまう。でも父の意志としてはおれはもう十分生きたんだという意志があって、みずから食を細らせていって、最後は本当に断食をしたような形で死を迎えたんですね。ですからそういう文化的な部分というものが果たして今この現代社会において個人が死ぬ自由というものをどう扱えばいいのかというのは、多分これからいろいろ問題になってくると思うんですね。  先ほどの文化的側面からのアプローチで、民族と歴史、暮らしと文化という表現をされてましたけれども、少なくとも人類がこれほどまでに長生きをした経験というのは過去においてないわけじゃないですか。つまり今までの人類の歴史というのは大体人生50年というのが常識で、こんな平均年齢七十幾つとか80なんてのは未曾有のことなんですよね。そういう時代をどうとらえていいのかというのは、私自身も非常に困っているし、高齢者問題というものを実はそういう文化的な部分でとらえていったときに、どうとらえればいいのかというのが、常に悩みの種なんですね。長生きしたからいいのか、もう死ぬはずの人を無理やり生かせばいいのか、ただ時間的な部分だけを稼がせればそれでよしとするのか。そうではなくて、最後燃え尽きるなら燃え尽きさせてあげた方がいいのかというような問題について、何かヒントがございましたら。 24: ◯小松洋吉参考人  ちょっとニュアンスは違うと思うんですけれども、大変いろいろな話を、気持ちはわかる感じがいたします。私、ちょっと答えようがないんですが、私が常に思うのは、生まれるときにはみんな祝福されてきているということは、違いないと思いますね。できればやはりその生まれてきたときのことを、できる限り長生きを、やはり人生は祝福されていればいいのではないかなという、一つのなんていうか小学生のような感想ですけれども、そういう感じを受けます。  質問に答えなくて申しわけないんですが、大きな問題ですので教えていただきたいと思います。 25: ◯山脇武治委員  このレジュメでいえば4の2)の4)、低所得者の対策という問題なんですが、日本の社会保障制度というのは割とよくできているというふうに、運用はともかくとして制度としてはできているというふうに思います。どんなに経済的に困っても首をくくらなくてもいい制度はあると。しかし今度の介護保険制度は、首をくくらなくちゃいけなくなる人が出てくるんじゃないかと。要するに無保険者といいますか、あるいは自己負担分が用意できないというような人たちで、かつどうしても介護が必要になったという人に対する対策をどうしたらいいのかという問題なんですが、先生のその点についてのお考えをお聞かせいただきたいんです。 26: ◯小松洋吉参考人  これも、低所得者に対する配慮はするというふうに保険制度ではなっていると思うんですが、具体的にどういう状況にある人に対してどういう配慮をするかということは、まだはっきりと示されていないのではないかと思います。今回の介護保険制度というのは、まだはっきりとしないところがたくさんあるんですね。はっきりしないうちに何か負担が決まってしまったりしてて、単純に私素朴にどうしてそこから2,500円なんか出るのかななんて思ったりすることもあります。例えば基礎料金なんかも発表されてないんじゃないかと思うんですね。  低所得者負担のことは、私の個人的な考え方なんですけれども、負担は保険料は保険料としてやっぱりもらったらいいのではないかと。あるいは払うべきじゃないかと。ただ、そういう状況に──払ったならば非常に生活が苦しくなってしまうというのに関しては、これはやっぱり別の形で所得の再分配をきっちりと。あるいは現金給付がだめなら現物給付でもきっちりとやるべきじゃないかということで、今回の介護保険は一応は私は2,500円なら2,500円出したらいいのではないかという感じを個人的には持っております。  これは立場が違うとかなり大きく違ってくると思うんですが、そんなふうに私は思っております。 27: ◯植田耕資委員  介護保険制度が導入されることに関しまして、私は公的な介護保険制度というのは基本的に私個人は反対なんですけれどもね。こんなものは民間でやった方がいいと最初から思っているんですが、それは別にしまして、介護保険制度が導入されるということは、福祉、特に高齢化の福祉というものがいきなり、今まではこれは国なり地方自治体がやるべきことだということで、要するに一般の市民や国民の立場から言うと、今の段階では私とは直接関係ないという意識だったものが直接自分の問題として突きつけられるという問題が、大きい流れの中で一つできたなと。現に自分が40歳以上になればお金を払わなくちゃならないわけですから。サラリーマンの場合は恐らく給料天引きでしょう。  それとこれは学校の登校拒否なんかと同じで、こういうものをやっていろいろな弊害というかうまくいかないところをいろいろ修正しながらある程度、10年くらい時間をかけるとそれなりの修正ができ上がっていって、ある一定の国民的合意の中にでき上がってくるものがあると思うんですね。今いろんな問題が指摘されてますけれども、あるところ、言ってみれば平均的なものができ上がってくると。  だけど人間社会というのは幾らやっても平均から逸脱している人が必ずいるわけです。これはいるんですよ。だからこの行政側が今非常に悩んでいるところなんですよ。あるパターンで、例えば10パターンぐらい用意してあって、この人はA型、B型とか、この人はC型とからD型とサービスを与えてあげると、満足はないがある程度うまくいくと。ところがこの10パターンから全く外れちゃって、介護を受ける気もないと。例えば「あなたはお酒飲んだら体壊します」と言われてるのに毎晩酒、しかも大酒飲んでるというのと同じようなタイプ、そういう人というのは必ず出てくるわけですよ。周りじゃかわいそうかわいそうと言うわけですよね、措置なり介護しなくちゃならないと、周りの人は心配して言うわけですよ。本人は全く「おれはおれだ」という人が出てきた場合にどうするのかという──相手は人間ですからね、さっきの断食して亡くなるという生き方と同じで、それはだれの責任になるのかという問題。  僕は、人間社会というのは必ずこれはあると思います。変わり者というのは──私を指さしている人もいますけれども。だからそういう人の場合は、本当に倒れてしまったら後は医療的な問題で措置する場合はあります。救急車で運んでとかいうのはありますけれども、そこまでいくまでの間にこういう、どうしても嫌だという人の場合はそのまま放置しておくのか。とにかくどうしようもないわけですから。あるいはこのサービスのパターンに全然合わないわけですから。これはやっぱり1億2000万人のうちの1割か2割か、高齢化になって何%かの人がこういう介護の対象になるというのが必ず出てくるわけですよね。  今の登校拒否児と同じですよ。ある程度対応してあげると治るんだけれども、それでも治らない子がいるわけです。それで一応年齢になると義務教育を卒業していくという形になりますけれどもね。義務教育の場合はまだいいんですけれども、これはほとんど論じられてない部分なんですね。私はそれを行政なり国なり地方自治体あたりが最終的までアプローチすべきなのか、それは本人がそうなんだからサービスパターンの中に入ってこない人なんだから仕方ないと考えるべきなのかと。 28: ◯小松洋吉参考人  私もその1割2割に入る人物かなと思って聞いておりました。非常に難しい問題ですので、またお教えいただきたいと思います。 29: ◯委員長  ほかにありませんか。              〔「なし」と呼ぶ者あり〕 30: ◯委員長  では、以上で質疑を終わります。  先生、どうもありがとうございました。              〔参考人 小松洋吉退席〕 31: ◯委員長  それでは、暫時休憩いたします。              休憩 午後3時03分              再開 午後3時16分 32: ◯委員長  再開いたします。  当局から説明したいということがございます。要介護認定モデル事業についての説明がありますので、お聞き取りを願います。 33: ◯健康福祉局長  せっかくの機会でございますので、要介護認定モデル事業について、御説明を申し上げたいと存じます。  御案内のように、介護保険制度については平成12年度からの施行ということで、今国会において検討されておるところでございますが、この介護保険制度におきましては、被保険者が介護サービスを利用しようとする場合に、市町村による要介護認定の作業が伴うわけでございます。この辺につきましては、先ほどの講師の先生あるいは現場でそれぞれ園長さん方からも心配あるいはいろんな御意見が出たところであるわけでございます。  この要介護認定という作業は、この制度自体を運営する、非常にベーシックなところに位置づけがなされるものということでありまして、現在全国何地点かにおきまして、要介護認定のモデル事業というものが行われておるわけでございます。幸い本年度におきましては本市がモデル地区の一つに指定されたということでございますので、近々このモデル事業の実施をする運びになってございます。そのモデル事業の概要につきまして、担当の高齢企画課長より御説明をさせますので、お聞き取りをいただきたいと存じます。 34: ◯高齢企画課長  それでは、私から要介護認定モデル事業について、御報告申し上げます。  御案内のとおり、介護保険制度につきましては平成12年度からの施行に向けまして、今臨時国会におきまして継続審議扱いということになっているところでございます。介護保険制度につきましては、被保険者が介護サービスを受給しようとする場合におきまして市町村による要介護認定の手続を経るということになっておりますが、その市町村におきます要介護認定が公平かつ効率的に実施できる体制を構築することが極めて重要だということでございまして、これは午前中のお話からずっと出てきている話でございますが、特に要介護認定の公平性、効率性というものの体制の整備ということにつきまして、国の方で平成12年度からの事業の実施、特にこの要介護認定につきましては平成11年の10月から実際の認定作業を制度の施行に先立ちまして行われるということにされておりますことから、その制度の実施に先立ちまして要介護認定のモデル事業を実施することとしているところでございます。  こちらにつきましては、平成8年度に各都道府県におきまして1カ所ずつ、宮城県におきましては登米町において実施したところでございますが、これは平成9年度におきましては各圏域ごと1カ所ずつで、全国で347カ所を実施予定としているところでございまして、仙台圏域におきましても、本市がモデル事業の実施地域といたしまして先般宮城県から指定を受けたものでございます。  モデル地域におきましては、在宅サービス受給者50人とその施設のサービス受給者50人をまず選定いたしまして、まず本人の同意が必要なわけでこざいますが、その同意を得た上で介護認定調査員が実際に行きまして訪問調査を行いまして、調査結果を踏まえまして、あとさらにかかりつけ医の意見書等に基づきまして、モデル介護認定審査委員会がその要介護状態について審査判定を行うということとしております。なお、この調査員による訪問結果につきましては、モデル市町村におきましてコンピューターによる1次判定、これは国の方で基本ソフトの方は作成するわけでございますが、その1次判定を行った上で2次判定、これは実際委員の先生方の審査を経てということになるわけでございますが、そのモデル審査会の2次判定という形式をとるところでございます。具体の手続につきましては、1枚おめくりいただきましたモデル事業の流れというものを参考にしていただければというふうに考えているところでございます。  その調査員の人選につきましては、保健・福祉・医療の専門職からおおむね5名程度、モデル介護認定審査会につきましては、やはり専門家の方を5人程度選定いたしまして5名程度で構成すると。特にこちらの委員の選定につきましては医師会──医師会はこちらの中に明示しておりますが、医師会を初めとする関係団体の協力を得て行うというふうに考えておるところでございます。  事業の実施につきましては、今後とも宮城県と協議を進めながら、高齢企画課の介護保険係を中心として進めていくこととなりますが、今年度モデル事業でございますが、宮城野区をその地域に指定しまして、宮城野区の保健福祉センターの協力を得ながら事業を実施していきたいというふうに考えていることころでございます。本市といたしましても、介護保険制度の円滑な運営を図るために極めて重要な事業でもございますので、認定のあり方の検討を含めまして、その成果を最大限活用していきたいというふうに考えているところでございます。 35: ◯委員長  ただいまの説明に対する質疑はありませんか。 36: ◯斎藤建雄委員  質疑じゃないんですが、ここにあります「別紙様式」が1と2と3とあるんですが、3は余り我々関係ないんでしょうけれども、1と2というのは様式が今あるんですか。 37: ◯高齢企画課長  申しわけございません。これはモデル事業の関係の厚生省からの通知で出ているものの中で、実際はこれはかなり大部なものが示されておりまして、今回の御報告の中ではその辺かなり詳細なものでございますので、ちょっと説明の方は省かせていただいているところでございます。 38: ◯斎藤建雄委員  ですから、説明を省かすというんじゃなくて、様式は今あるんですかと聞いているんです。 39: ◯高齢企画課長  様式はございます。 40: ◯斎藤建雄委員  提出をするというか、我々に見せていただくというわけにはいかないんですか。 41: ◯高齢企画課長  これは国から示されているものでございますので、後でその写しの方を提出するということについては一向に差し支えございません。 42: ◯斎藤建雄委員  では、委員長のところでそのような計らいをいただければありがたいと思います。 43: ◯委員長  では、私の方から全員に配付するように御依頼申し上げます。 44: ◯植田耕資委員  要するに、これは平成12年度から始まる介護保険制度に先立って、この認定を国の方針に従って実際やってみて、どういうところが円滑にいってどういうところが難しいかとか、そんなことを実際調べてみましょうと、こういうことですね。 45: ◯高齢企画課長  委員御指摘のとおりでございます。 46: ◯植田耕資委員  モデル事業というのは実際にやって、それで認定してしまうのがモデル事業だと思うんだけれども、実は認定するところまではいかないわけだね、介護保険制度がスタートしているわけではありませんから。それで保険からお金が来るわけで何でもない、ただ実際こういうケースに保険からお金が来ますよと、こういうふうになるわけですね。  それからもう一つは、この線を引っ張っているところですが、県より指定を受けたものとありますけれども、これは事業費は県からお金が来るんですか。 47: ◯高齢企画課長  県の方から必要な事業費については来るということになっております。 48: ◯植田耕資委員  今年度は宮城野区ということになっていますけれども、来年度はまた別と、こういうことになるんですか。 49: ◯高齢企画課長  来年度につきましても引き続きモデル事業を行うとは厚生省の方で言っているところでございますが、ただ、平成10年度のモデル事業の詳細についてはまだ一切箇所数も含めて示されておりませんので、その辺示された段階でどのような形でやるかということについては検討してまいりたいというふうに考えております。 50: ◯大槻正俊委員  これは今年度の場合いつからいつまでやるんでしょうか。 51: ◯高齢企画課長  おおむね11月から12月──1月へ延びるかもしれませんけれども、そのくらいの時期にやるというふうに考えております。 52: ◯大槻正俊委員  これは仙台市のことではないのでこれから先を聞くのは酷かもしれませんが、要するに9年度にやってまた10年度にもやって、それをまとめて「こういうふうにやりなさい」というのが国からおりてくるといういうふうに考えてよいわけですね。 53: ◯高齢企画課長  実際のところ、その8年度のモデル事業を各都道府県1カ所ずつやったわけでございますけれども、その結果もやはり踏まえた形で9年度なっております。また、9年度に出た結果も踏まえて来年度行われるであろうと。徐々にその辺の精度は上げていくという形で、我々の方も考えておりますし、国もそのような方針で考えている模様かというふうに伺っております。 54: ◯大槻正俊委員  これだけやりとりするのはきょうは趣旨でないんでやめますが、先ほどちょっと私関連して、後で話を出してもよかったんですが、今回の認定をしていくに当たって、私の頭で言えば、全部それぞれ申請者から書類が自動的に上がってきてそれを審査するということになるんだと思うんですが、やはり中にはある程度事前に指導すれば整理がつくようなものもかなりあるんじゃないかというふうにも思うんですね。もうちょっとこうやってみたら何も給付対象にならなくてもいいんじゃないかというものも。そういうもののための準備などは、もっと先の話でしょうけれども、健康福祉局としてもちょっと考えていこうとかというお考えはあるんですか。 55: ◯健康福祉局長  実は、まだ介護保険制度の詳細というものがわからない時点で、仙台市が単独でそういうことを検討するという時期ではないのではないかと思っております。 56: ◯委員長  ほかにありませんか。              〔「なし」と呼ぶ者あり〕 57: ◯委員長  ほかになければ、以上で委員会を終了いたしたいと思います。  長時間にわたってありがとうございました。  それでは、皆さんにちょっとお諮りを申し上げます。次回の特別委員会の開催につきましては、介護保険法案の審議が今なされております、この審議状況も踏まえまして、12月中旬から来年の1月下旬において、その結果を踏まえてもう1回やりたいというふうに思います。その時点で次の委員会につきましては皆様方から視察の結果、またきょう参考人をお招きしてお伺いいたしましたさまざまな意見を聴取する機会にしたいというふうに思いますので、その旨お願いを申し上げたいと思います。  以上で終了いたします。長時間にわたってどうもありがとうございました。...